貯め代のシンプルライフと暮らしのヒント

アラフィフ主婦の貯め代はシンプルライフと家計改善を目標にしています

樹木希林さんに学ぶ老いと病いの受け入れ方

演技力バツグンの樹木希林さんが9月15日に、お亡くなりになりました。

享年75歳。全身ガンであることをサバサバと話され、芯の強い方だなと、テレビを観ながら感じていました。

若いときから老け役や存在感のある役どころを演じて、幅広く活躍。

自分の老いや病気を受け入れるって、なかなか簡単なことではありません。ところで私が希林さんの演技のすごさに最初に感嘆したのは『はなれ瞽女(ごぜ)おりん』の役者魂。

樹木希林さんを偲びつつ、はなれ瞽女おりんの名演技や、老いと病の受け入れ方について考えたいと思います。

 

 

スポンサーリンク

 

 

はなれ瞽女おりん

まずは、1977年制作の『はなれ瞽女おりん』の映画について。

三味線と唄で門付けしながら旅する芸人が瞽女です。

越後瞽女(えちごごぜ)は北陸の雪深いなか、目が不自由な女性たちで一座を組んで、村から村へとさすらい歩く。

映画『はなれ瞽女おりん」は主演が岩下志麻、監督は篠田正浩、原作は水上勉

舞台は大正時代、盲目の少女・おりんが瞽女の女師匠の元に弟子入りするシーンから始まります。

瞽女には厳しい掟があって、とくに男女関係は厳禁。それは視覚障害者の女性集団であるがゆえに、身持ちを堅くして隙を見せないのです。

女性には貞操観念が求められたそんな時代に、おりんは盲目として生きることになります。

ところがおりんは成長すると、たいへんな美貌の持ち主となります。若き日の岩下志麻が演じて、透き通るような肌に豊かな黒髪を結い上げ、地主の屋敷に呼ばれて三味線を弾いても、目立ってしまう。

そして、西田敏行が演じる下品な男に犯されてしまうのです。

その下品な男は、仲間に吹聴するわけ。

「おらあ、あのべっぴんな瞽女をモノにしただ」

それが回り回って師匠の耳に入り、破門され、おりんは独りで放浪する。三味線を一本持っただけの着たきりスズメで。

飢えと寒さで行き倒れ寸前に、彼女は男に春を売り、露命をつなぎます。

 

樹木希林もはぐれ瞽女の役

樹木希林さんは、おりんと似たような境遇の瞽女の役どころ。ふたりはしばし、連れだって門付けをします。

で、樹木希林さんが演じる瞽女は、光をかろうじて感じることができる。

なので、目をあらぬ方角に向けて、台詞を語り、演じています。目の動きがほんとうに見えない人そのもので、映画を観ていて鳥肌がたつくらい。

のちに網膜剥離で左目を失明していますが、映画が作られた1976年ころは目に障害がなかったにもかかわらず、熱演していてすごい女優だと思いました。

役者魂という言葉が胸をよぎりました。

樹木希林さんは、琵琶薩摩の師匠の家に生まれていますから、もしかしたら目の不自由な方を、子どものときから観察する機会があったのかもしれません。

さて、映画はこの後、おりんが原田芳雄が演じる脱走兵と出会い、悲劇的な結末に。

原作の水上勉の小説は、研ぎ澄まされた文章で哀感ただよう結びにしましたが、映画はもっと踏み込んで、おりんが崖から転落しての死を暗示させ、ビデオを見終わった後、あまりに残酷な運命に言葉がでませんでした。

岩下志麻がとにかく美しい。そして引き立て役である樹木希林の、演技が光る名作です。

自然体で老い

年代を重ねて風格が増した樹木希林さん。

髪を染めずにグレーヘア、メイクもナチュラルで。

老いや病気を受け入れることはなかなかに難しいもので、多くの人は少しでも若く見せたいと願うし、美魔女も流行っていますが、樹木希林さんはあくまで自然体でした。

「楽しんでいるように見えるでしょ、比較しないの。他人や世間と比較しない。比べると挫折するから」

また、インタビュアーの吉田剛氏によると、樹木さんの寝室には若いときの夫婦の写真やパネルが、何枚も飾ってあったそうです。

ロッカーの内田裕也さんがご主人。

若いふたりを写真でみると、お似合いに見えますが、別居生活が長い。

妊娠中の樹木さんに暴力をふるうため、別々に住むようになったそうです。

スポンサーリンク

 

 

万引き家族では入れ歯を外して

2018年6月公開の『万引き家族』は海外でも高い評価を受けた話題作です。

樹木さんは入れ歯を外して、パチンコに熱中する老婆を熱演。大女優が前歯ナシの顔を映像に残すのは、ヌードになるより恥ずかしいといわれます。

人間が老いていく、壊れていく姿をみせたかった」と、コメント。

さすがですね。

この撮影のときも、ガンの闘病をされていたことでしょう。

2004年に乳ガン、2008年には腸や副腎、脊椎に転移、2013年に全身ガンであることを自ら告白。

乳ガンの手術を受けていますが、自分の体に合わない抗がん治療より、生活の質を選んだそうです。

75歳でお亡くなりになるのは早い。

2016年には宝島社の広告で、オフィーリアに扮しました。

死ぬときくらい好きにさせてよ

衝撃的なコピーと、水に浮かび眠るように死に向かう姿を表現。

www.sankei.com

「『生きるのも日常、死んでいくのも日常』

死は特別なものとして捉えられているが、死というのは悪いことではない。 そういったことを伝えていくのもひとつの役目なのかなと思いました。」

ずいぶん前から覚悟ができていたのでしょう。 

人間の春夏秋冬を演じきって、旅立ちました。

 

まとめ

寺内貫太郎一家のドラマで、「ジュリー!」と身もだえするおばあさん役を記憶しているのは中年の方でしょうか。

私が樹木希林さんの凄さを知ったのは、水上勉原作の映画「はなれ瞽女おりん」で視力に障害のある芸人役を観てから。

老いと病を受け入れて、死を怖れない姿があっぱれな大女優は、娘夫婦やお孫さんに見守られ、75歳で逝去されました。

テレビで在りし日が映し出されると、「やがてくる死を意識しながら、今を精一杯に生きなさい」と、語りかけているように思います。合掌

 

にほんブログ村 その他生活ブログ 節約・節約術へ
にほんブログ村

 


ライフスタイルランキング

 

スポンサーリンク