2022/04/22更新しました。
お金で解決できることは、世の中にたくさんあります。
50代半ばの主婦である私は、どうしてもお金を工面できずに諦めたことがあって、いまも残念に思っています。
健康や若さと愛する家族はいくらお金を積んでも得ることができないから、お金で済ませることができることは、たかがしれているのかもしれません。
しかし、やっぱりお金がなくて後悔しているので、3つにまとめます。
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☆娘の花嫁姿
私にはふたりの娘がいて、どちらも伴侶を得て、それぞれ自立した暮らしを営んでいます。
親戚を招いての結婚披露宴は 、しませんでした。
娘たちは「宴会のような結婚式を挙げたくない」と言い、ナシ婚です。
親戚には、報告の食事会を開催して知らせました。
正直に言うと、豪華な結婚披露宴を開催するだけの蓄えがなかったので、助かったのが本音です。
娘たちはその後、フォトウェディングで記念写真を撮りました。
上の子は海外で、下の子は沖縄で。
私が後悔しているのは、沖縄でのフォトウェディングに行けば良かったということ。
当時すでに孫が生まれて、生後半年でした。
「赤ちゃん連れで、沖縄へ行くの?」と、私はびっくり。
「それに撮影のとき、赤ちゃんをどうするの?」と聞くと、娘は「ベビーシッターを雇う」という返事。
それじゃあ、私と夫が付き添い、孫の子守をしようと検討したのですが……。
仕事を休んで、東北から沖縄へ行くことができなかったのですよ。
零細な個人事業を営んでいるため、4日から5日の臨時休業に踏み切れなかった。
ええ、貧乏人は悲しい。
日銭を稼ぐほうが先なんです。
もしも、拙ブログの読者の方の中で、同じようなシチューエーションになったら、多少はムリをしても出かけた方がいいと思います。
娘の花嫁姿を実際に目にすることができず、私は後悔しています、はい。
www.tameyo.jp娘は沖縄での青い海と空をバックに、親子3人でほほえんでいる画像は送信してくれました。
私の宝物です。
☆長女の手術
私は39歳のとき、子宮筋腫と卵巣嚢腫だと診断されました。
「手術で子宮を全摘しましょう。卵巣も腫れていて、これは良性とは限りませんよ」
検診で引っかかると、その日のうちに婦人科医師が私にそう言いました。
子宮の全摘手術は、後遺症により足のむくみやホルモン異常となりやすいと聞いていたので、その病院での受診をやめ、ほかでもう一度診てもらいました。
経過観察して、いまも体にメスを入れていません。
ところがなんということでしょうか、
私の娘ふたりも婦人科系疾患に罹ってしまいます。
- 次女23歳で、卵巣嚢腫が14センチであることが判明
- 長女29歳のとき、子宮内膜症と卵巣嚢腫がわかる
次女は会社の検診で、異常を見つけてもらいました。
就職してまもない頃だったけれど、休暇を取って、実家のある町に帰り、手術をします。
卵巣嚢腫は卵巣が腫れる病気で、悪性のときは卵巣ガンとなり、10代の若年でも冒されることがあります。
次女はMRI検査で良性だろうとわかりました。
悪性だと、腫瘍に血管がのびて栄養を摂るため、その血管が拍動するそうです。
卵巣を一つ切除する手術は成功し、おかげさまで快復。
療養は私が世話して、元気に。
その後に結婚して、孫を産んでくれたのです。
さて、長女は渡航先の海外で、卵巣が腫れていることがわかりました。
私と娘ふたりは全員が婦人科疾患になりました。
それで、長女は美容師という激務の立ち仕事なのですが、現地で手術を受けることに。
私は付き添いたかったけれど、ひとりでは渡航ができません。
パスポートを持っているけれど、英語が話せず、空港での手続きすらおぼつかない。
結局、このときは娘の恋人が日本から現地に駆けつけて、予後を見守ってくれました。
お金だけでなく、私に海外渡航のスキルがなさ過ぎて、手術の娘を見舞うことができなかった。
このことも本当に後悔しています。
娘の恋人に見舞いのお金を送金して、届けてもらいました。
その恋人は現在、娘と正式に結婚して、夫となっています。
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親への仕送り
「金持ち、ケンカせず」は本当だと思います。
もしも私に経済的な余裕があって、親のいうがままに借金の肩代わりをしたり、生活費の援助をしたりすれば、いまのように絶縁状態ではなかったかもしれません。
先日、叔母が68歳で亡くなり、その通夜の席で父と継母に会いました。
1年ぶりです。
父は今年80歳、継母は73歳になります。高齢ですが、ふたりとも元気なようすで、ホッとしました。
仲違いの理由は、何といってもお金のこと。
「育ててやったのに、恩知らず」
「ご飯を食べさせ、学校にもやったのに、親が困っても知らん顔をしている」
父と継母は趣味がパチンコのため、穴の空いたバケツのような金銭感覚です。
脳がギャンブルの刺激を求めるため 、依存症になると完治はできません。
本人が節制に努めて、1日1日をやり過ごすことが大切。
父から借金があると告げられたのは、次女が大学受験の年でした。
負債は270万円。
生活費が足りなかったと継母が言い訳しましたが、夫婦でパチンコに狂っていたら、いくらお金があっても足りません。
私は当時、住宅ローンを抱えて、教育費に四苦八苦していたので、父と継母が渇望するように、肩代わりはできませんでした。
「子どもを大学にやる金があるなら、老いた親にもよこせ」
いくら恫喝されても、ムリだと断ったんですね。
結果として逆恨みされて、ぎくしゃくしたまま。
私にお金があって、いくらかでも渡せていたら、少しは丸く収まったのでしょうか。
正解を出すことが難しいのですが、親族でお金のことで揉めていることが、私の胸に暗い影を投げています。
ちなみに、私が肩代わりを断ったので、親たちは老後資金のために積み立てていた保険を解約したようです。
親は親で、自分たちの老後資金が減るのが惜しかったのでしょう。
ただ、この一件で私は親にとって、金づるであったことを知りました。
金を渡さないことから、親が怒って「もう実家の敷居をまたぐな」と言うので、盆正月も訪問できずに今に至ります。
まとめ
お金の問題は、年収が低い世帯には切実です。
お金が原因で親族と不仲となった体験や、娘のフォトウェデングや手術時の見舞いに行けなかったことが、後悔となり、残念でならないことをお伝えしました。
しかし、幸いなことに関係者はみんな元気で暮らしています。
私よりも大変な経験をされて、まさに生き地獄のような年月を生きておられる方もいることでしょう。
いずれにしてもお金がなくて諦めざる得ない、そんなことがないように蓄えていきたいものですね。
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